掛軸の修理・修復とは

掛け軸の修理・修復をご検討の方へ

このページでは掛け軸の修理における技術や作業内容、リスクなどをご紹介しております。是非とも一読頂き、ご参考にして頂けたら幸いです。

掛け軸等の絵画や書蹟などの多くは紙や絹と言った大変弱い素材で出来ていますが、数百年もの時を越え、私たちに当時の文化や出来事を教えてくれます。 貴重な絵画などが今も姿を残しているのは大切に扱ってきた事と、適切な方法で定期的な修理・修復を繰り返してきたからと言えます。

弱い素材のため掛け軸の修理・修復には卓越した技術と経験が必要となります。当店では創業100年を超え、お客様からの信頼と経験を活かし大切な作品を守り、 蘇らせるお手伝いをさせて頂けたら幸いです。

こちらのページもぜひご覧ください。

掛け軸の修理・修復方法・工程・材料のご説明

ここではどの様に修理・修復が行われるのか?
その工程順に技法や材料に関して簡単にご説明いたします。

作品の状態調査

寸法・本紙の素材・劣化・傷みの箇所など診断と記録をし、どの様な修理・修復が必要か調べ検討致します。

膠(にかわ)による墨・絵具の剥落止め

膠とは動物の皮・骨から煮出したタンパク質から出来ているゼラチンを固めた物です。墨や岩彩などは膠を接着剤として作られています。
その接着力が環境や経過年の劣化により剥落やにじみを起こします。
今後の保存と修理・修復作業に耐えられるよう膠の水溶液で剥落や滲み止めを行います。

三千本膠を煮溶かした水溶液を使用

修理・修復を行う前に三千本膠を煮溶かした水溶液を使用

筆で画くように塗っていきます

修理・修復を始める前に筆で画くように塗っていきます

古い裏打ち紙の除去

掛軸の場合、最低3回の裏打ちが行われています。
その中でも一番最初の作品と接触する紙を取り除く作業が最も危険と神経を使う作業と言えます。紙は経年劣化、酸化すると乾燥している時はポキポキと割れるように切れたり水分を加えると泥状態になったりします。
そんな状態の中、大切な本紙を守りながら古い紙を取り除く事は至難の業です。将来安全に修理・修復を行うためには良質な和紙の使用が求められます。

泥状態の裏打ち紙

欠損部分の修理・修復

欠損部分の修理・修復にはいくつかの方法が御座います。
ご予算や傷みの状況によって修理・修復方法を検討し対応致します。

修理・修復途中で状況によっては修理・修復の方針を変更する事も御座います。

古色に染めた和紙で裏打ちをする方法。

い草を灰にして煎じる

矢車の実を煎じる

それらの煮汁で和紙を染める事で
修理・修復の和紙を用意します。

虫が舐めるように紙の表面を食べた状態。白い部分は本紙が無い状態(裏から見た修理・修復前の写真)

修理・修復用として古色で染めた和紙で裏打ちを行った。
(裏打ち後の表からの修理・修復途中の写真)

修理・修復前

修理・修復中
裏打ち紙を剥がした後の裏

修理・修復後

オリジナルに近い古色に染めた和紙を嵌め込む修理・修復方法。

折れや切れた所の補強修理(テレビ出演した時の一部写真)

補強修理前

補強修理前

裏打ち紙をすべて取り除いた状態の写真

裏打ち紙をすべて取り除いた状態の写真


この作品は和風総本家の番組取材を受けた時のワンショットですが、順調に1枚、2枚と剥がし終え、最後の本紙に直接裏打ちされた和紙を剥がし始めたところ 「剥がれない」小さな本紙だったので数十分で剥がせる予定が午前10時ごろから始め夜中の12時ごろまでかかってしまいました。
カメラが廻っている中で焦りと慎重さを失わないように慎重に少しずつ本紙を傷めないように夕食も取らずに作業した事が記憶に残ります。 掛け軸の修理は想定外な事が起きたりする事は時より御座います。過去の表装の糊の濃さや紙の質など初めてみないと分からない事が多く非常に怖い作業となります。
カメラマンが「こんなに大変な作業とは想像もしなかった、映像を見た視聴者にはこの大変さが必ず伝わりますよ」と言って頂いた言葉が忘れられません。

細く切った和紙を裏から貼り、補強修理をします。

細く切った和紙を裏から貼り、
補強修理をします。

補強修理完成

補強修理完成


この補強修理を行わないと仕立て直しをして一時は良い状態で保つことが出来ますが近い将来必ず同じ所から折れが生じます。 そしてその折れが切れとつながってしまうのです。この様な補強修理を行っても近い将来に不安を感じる場合は保存方法として太巻き式の桐箱を用意し保存します。

クリーニング(しみ抜き)

シミには「雨染み」と言われる言葉の通り雨漏りや水害でできたシミや、カビの出すリンゴ酸によって赤・黄・緑・緑・黒などカビの種類によって変色を起こすシミが掛け軸のシミの代表的な事案になります。 このシミを取り除いたり、目立たなくする事をクリーニングや洗浄と呼んでおります。その方法として大きく分けると2種類のクリーニング方法が御座います。

最も安全なクリーニング方法は水のみで汚れや煤、シミを浮かせて水分と一緒に和紙などに吸い取らせる方法と煤を流し出す方法と組み合わせて行う方法です。 状態にもよりますがこの方法では見違えるような効果はあまり期待できませんが、最も安全なクリーニング方法となります。 また「どのくらいきれいになりますか?」と尋ねられる事も御座いますが残念ながら明確にお答えする事はできないのです。

やってみないと分からない、これが正直な答えとなります。お客様のご期待通りにならないこともある事をご理解いただけたら幸いです。

クリーニング(しみ抜き)

 薬品クリーニング前

薬品クリーニング前

 薬品クリーニング後

薬品クリーニング後

薬品によるクリーニングは写真のように
見違えるほど綺麗になりますがリスクがあります!


クリーニングに使用する薬品は2種類、劇薬指定の購入時にハンコウのいる薬品です。

薬品を使用する事で本紙は強い酸性になり劣化を促進します。目に見えない部分で紙の繊維を傷める事から長期保存を優先する作品にはお勧めできません。 また薬品を流すときに絵の具の剥落や傷みの激しい本紙では紙が溶けてしまうなど、本紙が耐えられない場合も御座います。そのような危険が想定できる場合はお断りする事もございます。
また、薬品クリーニングは全てのシミを綺麗に取り除ける保証はできません。この様に本紙のクリーニングをご希望されるときはお客様と入念な打ち合わせが必要と考えます。

補彩を行う

細かな傷や、欠損部分を補紙した部分などを全体と違和感のないように古色に染めます。(3m離れて見て違和感がなく、近くで見ると修理、補彩箇所が分かる程度に行います。)

い草の灰、や車の実の煮汁などで
古色を付けます。

虫食い跡を廻りの色に合わせる。

将来への保存を考えた材料

歴史が証明する安全な糊と和紙

小麦粉澱粉の中で最も純度の高い吟正麩を水で溶き煮た糊(じん糊)。防腐剤を一切使用しないため、使う時に使う分だけ煮ます。

煮た糊を一回冷ましてから、こして使用します。
この糊は国の文化財の修理・修復に使われる物と同じです。

掛軸は3種類の和紙による裏打ちで守られています。

掛け軸の修理・修復の費用

掛け軸修理を検討、依頼する時に不安や心配になるのが修理費用だと思いますが、修理が必要な作品1点、1点全て状態が異なります。 素材は紙か絹か、墨主体か彩色か、劣化の進行度、破れや折れなどの傷みの状態など様々な要因で修理費用が異なり、また使用する和紙の品質、裂地(織物)のグレード、大きさ(寸法)、 仕立て様式などでも費用は異なるため価格表や費用の相場などは御座いません。そのためお電話でのご相談の場合は、出来るだけ詳しく傷みの状況やお客様のご希望を細かくお聞きしお見積りをさせて頂いております。
メールでのお問い合わせの場合は写真の添付をお願いしております。
写真を添付して頂くとより正確なお見積りとしてご提案させて頂けます。

御客様にはプロの目から適切な診断をさせて頂き、作品への思いや、ご予算など十分にお聞きし出来るだけお客様のご希望に添えるように当店では数通りのお見積りで御提案させて頂く事も行っております。
拘りのあるお客様には作品をお預かり後に作品の廻りに取り付ける裂地(織物)をあてがった写真を数通りメールで見て頂き、完成後のイメージを見て頂き選んでいただく事も可能です。(事前にお申し付けください。)

参考として掛軸修理参考価格のページが御座いますので費用については写真と金額を参考価格として記載しておりますので是非参考にして頂けたらと思います。

① 軸先が取れてしまった。②紐が切れてしまった。
この様な軽微な修理は状態にもよりますが3,000円程度の費用で修理は可能です。

掛け軸の修理・修復の注意点

近年、不適切な修理や修復が行われたり、場合によっては綺麗に表装されていても何の修理・修復もされていない事例が多く「数年前に修理したはずなのに」との声を時よりお聞きします。

《事例①》 最も難易度の高い肌裏紙を剥がさないまま仕立て直すケース。
《事例②》 掛け軸の場合は巻くという物理的な負担がかかるため横折れが多く発生し、そこから切れが生じます。
      その部分の補強修理が行われていないケース。
《事例③》 薬品クリーニングによって絵の具が薄くなった!絵の具が流れてしまった!ケース
《事例④》 何の説明も無く知らずに機械表装仕立てになっていたケース。

どの様な修理・修復が必要か、どの様な方法で修理・修復を行うか、ご予算の中でお客様に丁寧にご説明しながら修理・修復の方針を決めていく事が大変重要と考えています。